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紀里谷和明が感動したモーガンフリーマンの言葉

      2016/01/23

『しくじり先生 俺みたいになるな!!』(2015/8/3放送)では、それまで1本も映画を撮ったこともない映画監督の紀里谷和明が、日本映画界から超嫌われたしくじった話です。

紀里谷和明が感動したモーガンフリーマンの言葉

映画だけでなく、写真やPVなど世に数々の作品を送り出してきた、紀里谷和明さん。

2003年映画監督になったのですが、雑誌のインタビューで日本映画について、
「映画監督として成功しているのは、異業種の人ばかりじゃん」
「予算が少ないことを言い訳にして、すぐ”日本じゃ無理~”とか言いやがるよね」
「邦画というカテゴリー。なんで世界に通用する映画を作らないの?」

その当時、北野武さんとかすばらしい映画を作っていたけれど、異業種ですよね。

それに宮崎駿さんも、その当時、アニメは映画じゃないと言っていたんです。

それなのに、日本で一番の興行成績をあげていた。

それで、ちょっと違うんじゃねえの?
と、思っちゃったんですね。

口に出しちゃったんです。そしたら、”「キャシャーン」が日本映画を変える。紀里谷和明が変える”なんて載っちゃったもんですから、日本映画界をバカにした発言をして10年間映画が撮れなくなったんです。

それで、ひとりぼっちで無駄な時間を過ごしたんです。

本日のテーマ

「夢に向かって挑戦するあなたが思ったことを言いすぎて、”ひとりぼっち”にならないための授業」

こうして僕は日本映画界に嫌われた

嫌われた先に待つ悲劇を説明します。

悪気があったわけではないけれど、日本映画界のことを悪く言ったことが大きく膨れ上がっちゃったんです。

大きく嫌われる原因があったんです。
それまで、映画を1本も撮ったことがなかった。

当時PV監督として、ノリノリになっちゃった。そのノリのまま、このままでは日本映画界はダメだとか言いまくっていた。
どの業界もそうですが、知ったかぶりして言うと嫌われます。

やった事もないのに、批判して嫌われる行動
・新入社員なのに「会社のやり方が効率悪い」

・スポーツ経験ゼロで、プロのプレーをボロクソ

・曲も作れないのに、
「サビがキャッチーじゃない」
「ありふれたメロディセンス」

キャシャーンの撮影が始まったにもかかわらず嫌われる行動をとってしまいます。

「しきたりガン無視」

映画業界というのは閉鎖された村みたいな所でして、それで映画業界の人たちをガン無視してしまいました。

それまでのPVやファッション業界のスタッフ、全員を映画製作に連れて行った。

映画は、映画業界の人が作るしきたりをガン無視しちゃったわけです。

その上、助監督チームは、映画業界の人たちなんですね。

実際、仕事をしてみると、なんと使えないことか!と思っちゃって、使った総人数7名。

途中でばんばんクビにしちゃいました。

もっと嫌われる行動に出ます。

宣伝にダメ出し。

宣伝チームにどのような発言をしてしまったのか。
「クソだせぇ宣伝プラン考えやがって!」
宣伝会社の人たちは、年間何本も作品に関わっているので、今まであったのは、こういうのだ。今までの宣伝プランを持ってきてくれたんです。
しかし、自分としては、違うものをやらなければいけない。という思いが強くあったので、自分でプランを考えました。
アメリカで主流だったレッドカーペットからヒントを得て、ブラックカーペットのアイディアを出しました。

今までは舞台挨拶というと、壇上に立って、みなさんお話をされます。それはそれで良いんですが、もっとインパクトが欲しい。
異業種の人間が、自分のやり方を押し付ける。
それがどんなに正しくても、嫌われます。

そもそも映画自体を難しく考えていなかったんです。
その時の心境が、「映画なんて、尺が長いだけじゃん!」

とにかく「不可能は無い」と思っていた。

1本も撮ったことのない映画監督に、撮らせてくれちゃったわけですよね。

もともと新造人間キャシャーンという70年代のアニメをモチーフにしています。

そのころは、漫画から実写にするのは、それほど無かったんです。
CG技術も無かった。

アメリカではスパイダーマン、バットマンをやっているから、日本でもそういうのやりましょうと言うと、
「予算が足りない」とか「日本では無理」とか言われまくった。

それが、悔しかった。
日本人だからできないというのが、悔しかった。
だったら、俺がやってやると思っちゃった。

それで制作費6億円で、15億円の興行収入を得ました。

しかし、そこで何がおきたかというと、実際に見た批評家の反応が、酷評の嵐でした。
「映画サイトでの採点15点(100点中)」

「突っ立った人が延々と会話し続けるだけの映画」

「普段映画を見ない人が見たら、”もう二度と映画を見るのはやめよう。”となっても不思議ではない」

「映画として2時間もたない」
方程式とかクソくらえですね。

と、叩かれまくっていたところへ、意外なところからオファーが3つ着ます。
ハリウッドです。
日本の訳のわからない、批評家達にはわかってもらえません。
キャシャーンを見たアメリカの映画関係者からも、バンバン電話がかかってきました。

ヒットしたにも関わらずコケた扱いの日本映画界と、評価してくれるハリウッド。

その時の心境が、「日本映画界とはこれっきりや」

それでアメリカへ渡って、いろいろなプロデューサーと会い、監督契約もしました。
しかし、そこに厳しい現実が待ち構えていました。

大不況で、映画の話がポシャーン。
3年がかりで用意してた映画が、2008年のリーマンショックで、全部吹っ飛ぶわけです。

それまでのプロジェクトが全部白紙になりました。

制作費で言うとウン十億です。

映画を撮りたいのに撮れない状況に陥っていくのです。

日本にいたら2本から3本は、撮れていたはずです。
それが、完全にしくじったんです。

その後、どうなったか。

キャシャーンから
ポシャーンで
ジャパーンに
リターン!

日本に帰った紀里谷さんに2作目のGOEMONを製作するチャンスが!

余計なことを言うのを辞めよう。心の声を封印して反省して、きっちりやりましょう。

しかし、この映画を見た人たちから思いもよらぬ批判を受けました。
「あいつ、自分好きすぎて、ひくわ~」

映画「GOEMON」に自ら明智光秀として出演をして、また嫌われることに。

ここで、ハリウッドからどれだけオファーが来たのか。

0件

キャシャーンのときは、もうどうでも良い。全てを破壊してやると思って作りました。

それが、どこかで上手くやろうという気持ちが働いたんです。

ここまで日本映画界を変えるとやったのに、ハリウッドからスルーされちゃいました。

そこで、猛烈な孤独感に襲われて、世界中に友達なんていないと思うわけです。

そんな当時の僕を表現すると、
「紀里谷はひとりっきりや」

結局、映画というのは皆に支えながら作っている。

周囲の協力があるから、自分の仕事は成立する。

古いやり方をバカにして、何でも自分でできると思い込んでいた紀里谷先生。

なぜ、こんな大人になったの?

嫌われ紀里谷ができるまで~ボロクソ発言を生み出した原因~

15歳 単身アメリカへ
18歳 パーソンズ美術大学進学
24歳 NYで写真家になる
26歳 日本に帰国

当時、日本の写真業界にどんな思いを抱いていたのか。

日本の写真業界ヌルくない?

紀里谷先生が体験したアメリカの写真業界

「写真家になりたい人は多い=超競争社会」

まず、アメリカでカメラマンになるには、雑誌の1ページをノーギャラで奪い合います。
フィルム代を捻出するために、車泥棒をします。(もちろんマネしてはいけません。そこまでして写真を撮りたい)
そういう情熱下にいて、日本へ来ると、どうしてこんなにヌルいのか?

自分で言うのもなんですが、あっという間にトップクラスになりました。

ちょっとスタジオへ行って、カシャカシャと撮れば数百万もらえる。
そこで調子にのって、チャラくなりました。

この生活を「ニューキリヤパラダイス」と呼んでいます。

さらなる勘違い

紀里谷先生の勘違い

「家は、絶対に港区っしょ!」
「飛行機は絶対に、ファーストクラスっしょ!」
「ホテルは絶対に、スウィートっしょ!」
「スーツは、絶対にロンドンまで作りに行くっしょ!」
オーダーメイドのフィッティングのために、日帰りでロンドンまで行っていました。

そんな僕を大きく変える出来事がありました。

結婚です。
それまで明日のことなんて、どうでもいい。と思っていたのですが、まともにならなきゃいけないと思ったんですね。それまでの遊びも一切やめました。妻に迷惑をかけちゃいけないと。

結婚をして、守りたい人間ができる、ちゃんとした人間になる決意、遊ばなくなる、創作活動へ時間を費やす、新たな挑戦を決意する。

その当時180度生活を反転させて、そこから本気で映画を作ろうと、決意します。それゆえに突っ走っちゃって、日本映画界へのボロクソ発言をしちゃった。

今だからわかることがあります。作品を撮れば撮るほど痛感すること。「批判をすること」よりも「作ること」のほうが、100億倍難しい。

だから今では、映画監督として作品をきっちり作って、見せていきたいと思っています。
だから、人の作品をいっさい批判しません。どんな仕事をしている人でも、どんな作品を作っている人でも、リスペクトを持って接したいと思います。批評家以外は。

モーガンフリーマンの言葉

2014年、ある目標を達成しました。
ハリウッドで映画を製作しました。

LAST NIGHTという映画ですが、製作に5年かかりました。

あまりの大変さに、撮影中にもう映画をやめようと思いました。
なんで、俺こんな苦しいことしているんだろう?
その時、出演してくださっている、モーガンフリーマンさんが紀里谷さんの所に歩いて来られて、モーガンの最終の日だったのですが、まぁこういう機会も2度とないだろうしと、彼に聞きました。

「俺は今までこの作品を含め3作しか撮っていない。ここからもっと良い映画監督になるには、どうしたら良いですか?」
モーガンは、「Listen(聞きなさい)」

「どういうことですか?」
と聞いたら、「ただ、聞けばいいんだよ」と言って、彼はそのまま去った。

しかし、それは自分に理解しろよと言う言葉だと思うんですけど、セリフをまず聞きましょう。

かもしれません。それか、スタッフの声を聞きましょうかもしれません。周りのことを聞きましょうかもしれません。

Listenききなさいというのは、「感じろ」ということだと思う。

頭でっかちにならずに、「もっと全体を感じなさい」すごく目が覚めちゃったんです。モーガンフリーマンに言われて、振り返ると自分が一番出来ていなかったことですね。人の声に耳を傾けずに、突っ走ってきて、右往左往したわけですよ。この言葉に救われて前に進めるようになったのが、2014年です。

まとめ

良きにつけ悪しきにつけ、人にインパクトを与えられる人なんですね。ハリウッドで、モーガンフリーマン出演の映画製作って、そんなことする日本人がいるんだと驚いていしまったのですが、まだまだ活躍できそうですね。

関連ページ

紀里谷和明の新作映画の評判と創作のパワーはベジタリアン故?

 - 芸能

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