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こんにちは。うらりんです。

晩年は、声優としても活躍されていましたが、子供のころ好きだったドラマ「寺内貫太郎一家」に出ていた、女優加藤治子さんが心不全で2015年11月2日、92歳で亡くなられました。

加藤治子さんの若い頃の美人画像や、2人の夫についてなどをまとめました。

加藤治子 若い頃の美人画像!

エノケンのお隣、御舟京子という芸名で活躍されていたころ。

左下の若かりし頃の加藤さん

37歳ごろ

加藤治子さんというとかっぽう着姿が印象深いのですが、プライベートでは、モダンでおしゃれだったみたいです。


シースルーが素敵です。

存在感がある女優さんでした。

加藤治子 身長

加藤治子さんの身長は151cmです。

小さいと思われるかもしれませんが、加藤治子さんは大正11年生まれで、当時の女子の平均身長くらいだったみたいです。

加藤治子の2人の夫

加藤さんは2度、ご結婚をされています。

加藤さんは、1922年(大正11年)東京市赤坂区(現東京都港区)に、呉服問屋の娘として生まれます。

1937年、15歳のころ、御舟京子(みふね きょうこ)の芸名で松竹少女歌劇団に入ります。

1941年、19歳ごろ、慶應義塾大学の学生だった加藤道夫や芥川比呂志などが結成した新演劇研究会に入団します。

学生だった加藤道夫さんが出兵し、1946年(昭和21年)の夏、戦地から戻ると、その年の10月に加藤治子さんと結婚します。

加藤道夫さんは、新劇作家として活躍し、三島由紀夫とも親しくしていました。

ところが、1953年12月22日、自宅で突然自死を遂げます。享年35

加藤治子さん、31歳の時です。

それから5年後、1958年に俳優の高橋昌也さんと再婚しますが、1973年に離婚。

加藤治子の息子

ネットで検索をすると「加藤治子 息子」と出てきますが、おそらく加藤治子さんは、母親役が多く、寺内貫太郎一家での西城秀樹さんや水谷豊さんなど、息子とからむ役のイメージが強かったのだと思います。

加藤治子 古畑任三郎

余韻の残る古畑任三郎のラストシーン

1枚の写真

そんなこともあり、雑誌クロワッサン特別編集「向田邦子を旅する。」と題した本を手にすると、向田邦子さんの好きなお料理や、普段着ていた洋服など、私にはちょっと遠い、それはまさしく昭和な香りの数々。

その中に、1979年クロワッサン29号「女友達」という特集に掲載された、加藤治子さんとの1枚の写真があります。

女優 加藤治子 画像死去古畑やジブリの声優としても活躍された1枚の写真

加藤さんが56歳のころの写真で、割烹着姿しか知らなかった私には、とても新鮮で、本来の意味とは少しズレているかもしれないけど「たおやか」とは、こういうことを言うのだと思い、好きな写真の1枚になったのでした。

ずっと加藤さんは、向田さんと同年代なのかと思っていたら、加藤さんは大正11年生まれで、向田さんより7つも歳が離れていたのですね。

この向田さんとの2人のツーショットは、年齢差をまったく感じさせません。

なんとも言えない2人の間合いは、親密さが醸しているからだと思います。
(『撮影は、代々木競技場で、空は晴れ渡っていたが、撮影現場は風が強く、石畳のせいか日陰にはいるとおそろしいほど寒い』)

このころの印象が強いおかげで、92歳で亡くなられたことを知ったとき、もう少しお若いと思っていたので、驚いてしまいました。

向田邦子から見た加藤治子

女優としての加藤さんは、わたしの台本のセリフにもト書きにも書けない行間を表現してくれるありがたい表現者で、わたしにとっては、芸能界の数少ない友人のひとりです。

わたしの作品に出るのは、普通の生活を送り、普通の金銭感覚を持った市井の人々なのですから。彼女とおつきあいしているのも、彼女を女優としてだけつきあっているのではない。

物事にこだわりのある向田さんならではの、最上級の褒め言葉を贈られた加藤治子さん。

すてきな作品、どうもありがとうございました。

 

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