長谷川毬子の死因や子孫は?写真や夫は?マー姉ちゃん モデル

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熊谷真実さんが主演を演じたNHKの朝の連続テレビ小説「マー姉ちゃん」の主人公「磯野マリ子」のモデルである長谷川毬子さんは、国民的漫画「サザエさん」の原作者長谷川町子さんのお姉さんになります。

「マー姉ちゃん」は、「サザエさん」を生み出した長谷川町子さんを影で支える縁の下の力持ち的な存在。

そんな「マー姉ちゃん」のモデルの長谷川毬子さんのプロフィールなどをまとめました。

長谷川毬子の死因や子孫は?

2012年(平成24年)1月29日に96歳でお亡くなりになられていますが、天寿を全うしたとだけで、詳しい死因については触れられていないようです。

毬子さんの直接の子供はいません。

長谷川毬子の写真や夫は?

こちらを拝見すると、マー姉ちゃんのモデルとなった毬子さん、熊谷真実さんと似ているかも。

昭和14年、毬子さんに挿絵を依頼した朝日新聞記者の東学(あずままなぶ)氏と出会います。

結納を交わし結婚式を挙げますが、東学に召集令状が届き出征しますが、インパール作戦で戦死。

わずか一週間の結婚生活。

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長谷川毬子の経歴やプロフィール

生年月日:大正6年(1917年)8月8日

佐賀県小城郡東多久村(現・多久市)に生まれです。

父の長谷川勇吉は技師でしたが、起業し福岡に移り住みます。

筑紫女学園を卒業

昭和8年3月、勇吉は肺炎を患い闘病の末、51歳で亡くなります。

昭和9年4月、現代よりもシングルマザーが生きていくのは厳しい時代に、母の貞子さんの決断で、一家は上京。

貞子さんは、岡から上京したものの、地方でのびのび育った次女の町子さんが、東京のお嬢様学校へ入り、そのギャップで現実逃避し漫画に向かう姿から漫画家の田河水泡に弟子入りを決めます。

毬子さんには、画家としてデビューさせるために、洋画家の大家・藤島武二に弟子入りさせ川端画塾にも通わせます。

昭和13年、毬子さんは挿絵を描き始めます。かすかなつてを頼って菊池寛のところに行くと、その才能を認められ、雑誌から注文が殺到!

昭和21年姉妹社を設立し、毬子さんは、町子さんの作品の出版のため営業、販売、企画と尽力します。

昭和60年、長谷川美術館が開館します。

平成4年5月27日、町子さんの死去とともに長谷川美術館の館長に就任。

平成5年、姉妹社を解散。

まとめ

漫画「サザエさん」は、世田谷の中流家庭を描いたと言われますが、庶民的で憎めないキャラクターに子供心にも和んだものですが、長谷川一家の現実は漫画とは異なっている部分もあったようです。

参考資料は、ドラマ「マー姉ちゃん」の最終回まで見終わった後に読むことをおすすめします。

参考資料:

サザエさんと長谷川町子 (幻冬舎新書)

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